今回はタイ語の慣用句についての解説です。
日本において慣用句というのは諺(ことわざ)とも混同されがちで、実際には「慣用句」と「ことわざ」の境界線の難しいものもあり、一部には同じ表現でありながら、「慣用句」と「ことわざ」の両方に扱われているものもあります。
タイ語でも「สำนวน」「คำคม」「คำพังเพย」「สุภาษิต」などと似たような言葉が多く混同される事があります。
調べてみるとこれらの言葉は日本語とは一部境界線の弾き方が違っているため、ここにまとめます。これらの言葉はタイ人でも混同するようで、多くのタイ語のサイトで違いが解説されていました。
慣用句=「สำนวน」または「สำนวนไทย」
「สำนวน」または「สำนวนไทย」は日本語の慣用句と同じです。
ちなみに慣用句とは二語以上の単語が固く結びつき、全く異なる意味を持つ言葉で、例えば「目がない」「舌を巻く」「肩を持つ」等です。
詳しくはWikipedia(日本語): 慣用句をごらんください。
「肩を持つ」は味方になるというような意味ですが、実際に肩に触れている事と直接的に関係はありません。肩に手や腕を乗せている様子が味方になっているように見える事からの比喩表現といえるでしょう。
そういう意味では、別の言葉を使って行う比喩的表現といえば分りやすいかも知れません。
สำนวนの例
例1:ชองกล้วยๆ (เรื่องกล้วยๆ)
意味:バナナは手で剥いてすぐに食べる事ができる手軽な食べ物である事から、簡単な事、簡単な物の事。
使い方:
ก: การบ้านวันนี้ดูเหมือนยากมากเนอะ
今日の宿題すごく難しそうだよね
ข: หรือ? มันของกล้วยๆสำหรับผมเลย
そう? 僕にとってはとっても簡単なもの(バナナのようなもの)だよ
ก: โอโฮ๋ งั้น ช่วยให้หน่อย
おおっ。じゃあ、手伝ってよ。
例2:รู้อย่างเป็ด
意味:アヒルは泳ぎは魚に敵わず、飛ぶ事は鳥には敵わない事から中途半端であるという事から、中途半端にしか物事を理解していない人の事。
使い方:
ถ้าจะรู้อะไรต้องรู้จริง ไม่ใช่รู้อย่างเป็ด
もし物事を知るならきちんと事実を知るべきで、中途半端にしか物事を理解していない人(アヒルのように知る)ではいけない。
ことわざ「คำพังเพย」「สุภาษิต」との違い
慣用句とは語句の比喩表現、別表現であり一般の文の中でその一部として用いられる。文の形になっておらず、それだけでは完結しない。
対してことわざは、それだけで文の形、または簡潔ながら文に相当する意味を表し名詞扱いとなる。
タイ語においてもこの違いは同様です。
では、日本語では「ことわざ」となるタイ語の「คำพังเพย」と「สุภาษิต」の違いとはなんなのか。これは別に解説します。
参考になったサイト
Wikipedia(日本語): 慣用句
Wikipedia(タイ語):สำนวนไทย
ภาษาไทยเพื่อการสื่อสาร(タイ語): ความหมายของสำนวนไทย, ตัวอย่างสำนวนไทย
สํานวนไทย(タイ語): รู้อย่างเป็ด แปลว่าอะไร หมายถึง…
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